「人・本・旅」の生活へ切り替える。
日本も、製造業の工場モデルが通用していた時代は良かったんですよ。でも今や、サービス産業がGDPの4分の3を占めている。製造業は20%、4分の1もない。
サービス産業ってアイデアの勝負でしょ。そしたら、「メシ・風呂・寝る」ではあかんのです。フリーの夜には早く帰って、僕は「人・本・旅」と言ってますが、たくさんの人に会ったり、本を読んだり、いろんな現場へ行って、脳みそに刺激を受けなければアイデアなんて出てくるはずがないですよね。
働き方の改革が言われているのには理由は2つあって、その第1はですね、「メシ・風呂・寝る」ではもう生産性が上がらない。だから、「メシ・風呂・寝る」の生活をやめて、「人・本・旅」の生活に切り替えないといけないというのが第1の理由です。
長時間労働は、意味が無い。
長時間労働の神話というのは、こういうふうに考えたらわかると思うんです。
たとえば、今日は面白い資料をいっぱい持ってきてるんですが、講義の時間がちょっとしかないので、ほとんど説明できません。そこで、主催者にお願いして予定を大幅に変えて、今10時ですけど午後3時まで僕が全ページ説明すると仮定します。5時間講義をする。全ページ説明するんで賢くなって帰れると思うんですけど、聞きたい人? なんで全員の手が挙がらないんですか? 半分ぐらいしか挙がってない(笑)
半分ぐらいの人は用事もあるんでしょうけれど、皆さん、「このおじさん、なに言ってるの。人の話、5時間も聞けると思ってるのかな?」と思ってるんですよね。
これ、正しいんですよ。人間の脳みそって体重の比からしたら2%です。使っているエネルギーは20数%あって、集中力って保たないんですよね。せいぜい2時間です。その証拠はハリウッドの映画です。だいたい2時間以内。
世界中の脳学者が説明していることでは、頭を使う仕事は2時間が限度。で、休んだり、お茶飲んだり、トイレ行ったりして、一日に2時間✕3コマとか4コマしか働けない。脳の構造からしてそうなんですよね。
だから、グローバル企業は残業しないんですよね。しても効果がないからです、工場労働以外は。ベルトコンベアの前でやる仕事は頭使ってないから、条件反射です。ジョブズをベルトコンベアの前に立たせたら、じーっと考え込んでコンベア止まっちゃうでしょ。あれは、考えないで同じ作業を繰り返して、自動車やカラーテレビがいっぱいできるんであって、考えない仕事ならできるんですよ。栄養さえ補給したらね。でも、脳みそはあかんのですよね。
これほど言っても頭の固いおじさんがいて、「そうかもしれませんが、20代、30代の若い時は、徹夜するぐらいの根性を入れて仕事をしないと、仕事を覚えられないじゃないですか。自分も徹夜を何回もしました。ものすごく達成感がありました。自分をほめてやりたいと思いました。こういう貴重な体験を若い人にさせないのは問題じゃないですか?」という質問がほぼ必ず出るんで、あらかじめ答えは用意してあります。
次のように答えています。「そうかも知れません。意味もあるんだと思います。あとで名刺交換をしますから、若い子が徹夜とか長時間労働をして生産性を上げた、その労働者の市場価値を上げた、イノベーションを起こした…なんでもいいので、そういう文献やデータを送ってください。それを読んで勉強し直して、次回の講演からは“若い子には徹夜は意味がある”と言いますから」。5年間言い続けていますが、いっぺんも送られてきたことがありません。無いからですよね。
みなさんは勉強してるから、なんで達成感があるかは知ってますよね。脳って、長時間労働や徹夜をやったら疲れるんで、脳を守るためにモルヒネに似たホルモンを出して、仕事の生産性はガタガタなのに、本人は勝手に自分をほめてやりたいとか、がんばったと思ってるんですよね。そんなの意味ないでしょ。単にホルモンの影響だったら。
貧しくなるか生産性を上げるかという二択の中で、政府も長時間労働は意味が無いということがようやくわかったんで、安倍さんですらモーレツ社員はもういらないと言うようになってきてるんですね。
女性が企業サイドにいないと、ユーザーとのミスマッチが直らない。
サービス産業のユーザーの6、7割は女性なんですよ。製造業のユーザーは男なんです。
僕は1972年にサラリーマンになったんですが、先輩から言われたことは何かと言えば、「気張って働いてお金貯めてクルマ買いや。クルマ無かったらデートしてくれへんで。それから部屋にはクーラーとカラーテレビを置くんやで。カラーテレビとクーラーのない部屋には誰も遊びに来てくれへんで」とおどかされて3Cを買ったわけですよ。カー、クーラー、カラーテレビです。でも3Cを備えてもデートができるわけではないということに、あとで気がつくんですよ(笑)。でも、そうおどかされたら買うでしょ、男ってアホですからね。だから、製造業の需要は男が引っ張るんですよ。
サービス産業のユーザーは女性であるということはデパートを見れば一発でわかるでしょ。だってメンズ売場が1階、2階にドーンと鎮座してるデパートなんて見たことあります? 皆無でしょ。メンズ売場って、だいたいデパートの4階、5階にちょこっとあるだけですよ。
女性がサービス産業を引っ張るんだったら、企業のサイドにも女性がいないとミスマッチが直らないでしょ。
50、60のおじさん、「日本経済を支えてる」と自負してるおじさんに、女性のほしいものがわかると思う人、皆無でしょ。僕自身も記念日とかになんか買って帰っても、「気持ちはうれしいけど、こんなもんいらんわ」と言われるのがほとんどなんで(笑)
先進国の「クォーター制」って聞いたことがあるでしょ。女性の役員が4割いないと上場を取り消すとかいう規定を作って、女性を引き上げようとしているのは、需要と供給のマッチングをしないと経済が回らないからですよね。
でも日本政府はそこまでやる意思がないんで、「女性が輝く社会」という文学的表現にとどめているんですが、これもポイントはマッチングでしょ。女性が輝くためには、長時間労働をやめて男が早く帰って、家事や育児や介護をシェアする以外の解はありません。この意味からも長時間労働はあかんでしょ。これが、いま日本が置かれている働き方改革の基本ですよね。
いい人と出会うには、とにかく会ってみる。
「人・本・旅」で勉強しないとあかんという話を先ほどしたんですが、人から学ぼうと思ったら、ええ人に教えてもらったほうがいいでしょ。変な人に教えてもらったらあかんですよね。だから、人から学ぶポイントはどうやったらいい人に出会えるかでしょう。この答はめちゃ簡単で、そんなもんわかったら苦労せえへん、というのが答えです(笑)
最初に言ったように、安倍さんがええとか悪いとか、いろんな見方の人がいるように、好き嫌いや相性があるんで、人って難しいんですよ。わからないということは、答えはまずYESですよね。機会があれば会ってみる。会ってみなければ人ってわかりません。
ある大学でこの話をしたら「出口さんが言うことは人にチャカチャカとついていけということですか?」と言われたんで、「そうです」と答えたら、「チャカチャカついていった先が、ある政党のところだったことが本当にあったんです」というめちゃ面白い質問があった。
「君、えらい心配症やな。大学生やろ。そんな時は、ちょっと気分が悪いんで帰りますとか、トイレに行きたいですとか言うぐらいの知恵はないのか?」と聞いたら、「あります、大丈夫です」って自分で納得してましたけれど。行ってしょうもなければ帰ればいいだけですよね。みなさんも合コンに行って、ろくな人がいなかったら、「すみません、ちょっと…」って言って帰るでしょ。同じですよね。だから、まずYESの気持ちがなければ、食わず嫌いでは、いい人には出会えません。
いい本を選ぶには、古典・最初の10ページ・新聞の書評。
本は、人に比べたら選びやすい。いい本を選ぶのはめちゃ簡単です。まず、古典はいいに決まってますよね。何百年も生き残ってきたので。
本屋に行ったら、僕は本文の最初の10ページを読みます。自分で本を書いてるんでわかるんですが、どんな本でも本文から書き始めます。書いてる人は読んでほしいと思っているんで、最初は力が入るわけですよ。で、最初の10ページ読んでしょうもなかったら、しょうもない本に決まってますよね。
最近の本では『人類5,000年史 1』をちくま新書で書いたんですが、書き終えて疲れていたら編集者からメールが来て、「前書きがありません」と言われて、あわあてて前書きを書きました(笑)。だいたい本って、本文ができあがって、ああ、やれやれ…と気がゆるんだ後に前書きとか後書きを書くんです。
人によっては「前書きや目次を見ればだいたいわかる」とか言いますが、全く当てにならないと思いますね。本文を読んで面白いかどうかがすべてだと思います。前書き、後書き、目次を読んだら、だいたい何が書いてあるのかはわかりますけどね。そんなもん、わかったところで意味ないじゃないですか。そうでしょ。タイトルを詳しくしただけなんですから。だから、本を選ぶ時は最初の10ページです。
最後は新聞の書評です。新聞の書評だけは、新聞の記事の中でもぶっちぎりにいいです。
大学の有名な先生が本を読んで書いてるでしょ。アホな本を、アホな文章で紹介したらカッコ悪いでしょ。だからインセンティブが働く。しかもプロの先生が自分の専門分野の本を評しているわけで、それを読んだみなさんが「読んでみたい」と思うということはフィーリングも合ってるわけです。新聞の書評をきっかけに読んだ本で、まずかったと思ったことは僕は1回もありません。だからベストセラーも書評に載ってから読んだほうがいいです。
一橋大学に、楠木建という有名な先生がいます。ビジネスの大家ですが、楠木先生は毎晩2冊本を読んでいます。午後6時に帰って12時に寝るまでひたすら本読む、大の本好きです。その楠木先生と読書対談をしたんです。
その時に、聴衆の学生が質問で絶好級の高めの直球を投げて、先生に場外ホームランを打たれてしまったんです。どんな質問をしたかと言うと「楠木先生は、Amazonの書評はどの程度参考にされますか?」という質問でした。
楠木先生はこう言われたんですね。「名前すら明らかにしない、レベルの違う人が好き勝手なことを書きなぐってるものを読むのは時間のムダだという分別は君にはあるよね」という答えで、あまりにも完全な答えなのでしびれてしまいました。言い方がキツイにしても、新聞の書評に比べれば100倍の信頼度の差がありますよね。
いい本を選ぶのは簡単です。人に比べたらめちゃ簡単です。古典、最初の10ページ、新聞の書評で十分だと思います。
「旅」とは現場に行くこと。現場へ行かなければ賢くならない。
次に、旅。旅って、「足」と言い換えたほうがいいですよね。
「美味しいパン屋ができたね」「あ、そう」では話にならない。行って、買って、「美味しい」と自分で思って初めてわかるわけでしょ。これが旅ですよね。足を使って現場へ行くということです。
そこで不味かったらどうすんねん? 「アイツの舌、あかんな」と思えばいいんです。そうでしょ。現場へ行かなければ、歩きまわらなければ、やっぱり人間って賢くならない。だから、「人・本・旅」で人間は賢くなるんです。他に方法はない。
「人・本・旅」で感動したら、発信する。
手を挙げてください。この半年、机やタンスの引き出しを1回も整理したことがない人?
なんで整理するんですか? 取り出しやすくするためでしょ。万年筆取り出しやすいとか、ハサミ取り出しやすいとか。そうですよね。
こんな話をしたら「違う」と言う人が手を挙げて、「僕はそんなつもりで引き出しの中を整理してません」「なんですか?」って言ったら、「開けた瞬間、美しいのを見るのが趣味なんですよ」と(笑)。それもあるかもしれませんね。
何が言いたいかと言えば、「人・本・旅」で勉強しても取り出せなかったら意味ないでしょ。どうやって、みなさんは脳みそを整理するんですか? 言葉に直すことです。「人・本・旅」で感動したら、友だちにしゃべりまくればいい。言葉に直すことによって、脳は記録をする。
日記はダメですね。ブログとかFacebookに書くほうが圧倒的にいいです。なんでかわかりますか? 日記は、みなさんの脳みそが自分しか読まないと無意識にわかってるから、整理レベルが横着になるんです。部屋を整理するのに、誰か友だちが来ると思ったらキレイになるでしょ。でも、ひとりだと思ったらしないでしょ。同じです。
ブログやFacebookに書いたら、そんなもん誰も読んでないんですけど、脳みそ、アホですから、ひょっとしたら誰か読むかもわからんと思うからキレイに整理するんですよ。だから覚えるんです。
人間の記憶も、最近の脳科学は全部説明してますけども、言葉に出すことによって覚えるんです。
有名な実験があります。学生を集めて、画面を見せる。「よく見て、書いてあることを覚えなさい。明日の朝、試験をする」と言って見せるんですよ。で、2つのグループに分ける。1つのグループには、先生がこっそり言うんですよ、「君らだけ、もう1回見せたる。ズルさせたる。だから君らええ点とれるはずや。よう見いや」。そう言ってもう1回見せるんですよ。
もう1つのグループには、ちがう先生が「いま覚えたこと、しゃべってみ」と言って、全員にしゃべらせるんですよ。当たってるも間違ってるも何も言わない。全員がしゃべったらおしまい。じゃあ明日がんばってね、バイバイ。翌日試験をすると2回見たグループのほうが成績が30%以上悪いんです。何回やってもそうなんです。
これは頭の錯覚で、同じ道歩いたら、同じ道歩いたと思うでしょ。だから、わかった気になるんですが、わかってないんです。同じ道歩いたということと、覚えているというのは関係ない。人間の記憶は、言葉に直すことによって初めて残る。だから「人・本・旅」で勉強したらアウトプットは必ず大事で、一番いいのは友だちにしゃべりまくる。その結果をブログやFacebookに書くのが一番なんです。
たまにFacebookでものすごく長く書いてる人がいるでしょ。こんなアホなもん書いて誰が読むねんと思いますが、たぶんその人は読んでもらおうというよりは自分の頭を整理したいために書いてるんだと思いますね。
だから、しゃべった後、人に読んでもらうように書くことで「人・本・旅」の勉強はできます。インプットとアウトプットのペアで覚えたほうがいいですね。
今日のテーマは、「これからの働き方」ということだったんで、これでほぼテーマはカバーしましたよね。「メシ・風呂・寝る」はあかん。「人・本・旅」や、と。
「人・本・旅」でインプットして、アウトプットせな、身につかへんで。
(完)